税理士
「税理士となる資格を有する者」としては、税理士試験に合格し2年以上の実務経験を持つ者、23年以上税務署に勤務し指定研修を受けた国税従事者(いわゆる税務署OB)、公認会計士、弁護士があり、税理士名簿への登録を受けることによって「税理士」となり、税務をおこなうことができる(同法3条1項)。
その後、1937年(昭和12年)の日中戦争勃発から第二次世界大戦の時期にかけて、増加する戦費を調達するため度重なる増税がなされ、また税制度はより複雑となっていった。
さらに、税務当局においては官吏の多くが兵員として出征していたことから人員不足に陥り、税務行政の執行に支障をきたすほどの状況にあった。
このため税務代弁者等の数が減少し、このような混乱した状況に乗じて、不適正な税務指導等を行って不当な報酬を納税者に要求する者が横行するようになっていった。
このことから、税務代理士の制度を設け、その資質の向上を図ると共に、これらの者に対する取締りの徹底が必要であるとされ、1942年(昭和17年)に税務代理士法(昭和17年2月23日法律第46号)が制定されるに至った。
弁護士、計理士(後の公認会計士)、国税従事者は税務代理士に許可、強制入会されることとなるが、この税務代理士というものは税務を行う者の総称というものであり、この税務代理士なる名称が後の税理士の前身となった。
税理士業務は、税務代理、税務書類の作成、税務相談に大別される。
税務代弁者が増える一方、これらの者の中に、納税者が税についての知識を有していないことに乗じて、不当な報酬を要求したり、税務官庁に対して何ら理由もなく異議申し立て等を提出させるなど税務官庁との紛争を起こさせようとする者があらわれるようになった。
このような不適格者に対する規制として、大阪府で1912年(明治45年)に府令として「大阪税務代弁者取締規則」が制定され、同じく京都府では1937年(昭和12年)に「京都税務代弁者取締規則」が制定された。
この規則は、税務代弁者は警察の営業免許を受けるものとし、名義貸し禁止・信用保持義務を課すものであり、地域的な治安維持を目的として設けられたものであったが、問題解決には至らなかった。
日本以外で税理士に相当する資格制度をもっている国はドイツ、オーストリアと韓国、中国(注冊税務師)である。
税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそつて、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とするとされ(同法1条)、業務として、他人の求めに応じ、各種税金の申告・申請、税務書類の作成、税務相談、税に関する不服審査手続き等を行う。
この報告を受けて、納税者等のためのよりよい協力者を増やすべく税務代理を行うものを「弁護士、会計士に厳しく限定せず、加えて税理士試験合格者、院免除者にも税務代理を行うことが出来るようにする」こととされた。
すなわち、「国民経済の発展により税務を行う者がより多く必要となったが、弁護士、会計士は資質のみならず倫理性や適正性をも試験ではかる必要があったため、その数を安易に増加させることは困難である。
このため単に税務の資質をはかるのみの簡易な税理士試験を導入し、税務従事者の絶対数を増やそう」と考えられたのである。
この結果、1951年(昭和26年)に税理士法が成立、同年6月15日に公布され同年7月15日に施行された。
また、税理士法の施行に伴い、従前の税務代理士法は廃止された。
又、この改正により、単に試験に合格しただけの税務従事者が誕生することになったため、単なる総称としての税務代理士は、専門家としての税理士資格へと性質が変わることになる。
税務代弁者についての法律としては、1933年(昭和8年)3月第64帝国議会衆議院に「税務代理人法案」が提出されたが、当時、専門家として税務を行っていたもののなかに反対の声が強く、廃案とされた。
この当時、専門家として税務を行っていたものは、国税従事者(いわゆる税務署OB)、弁護士、計理士(後の公認会計士)である。
彼らは税務代弁者あるいは税務代弁人と呼ばれた。
しかし、無資格で業務が行わていたため、専門家として税務をおこなっていた国税従事者(いわゆる税務署OB)、弁護士、計理士(後の公認会計士)の他に悪質なものも税務代弁者として税務を行うことができ問題となった。
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